自分のキャリアを考えるということは、なにについて考えることなのでしょうか?

キャリアとは何か?

 ラテン語の「馬車」を語源に持つ「キャリア」は、道路や競馬場のコースを意味する仏語と同源で、「太陽が空を通り抜ける道筋」や「目的地に向かう航路」といった意味で使われるようになり、やがて「人生や特定の職業における前進」あるいは「経歴」なども指すようになりました(時代に応じて含意が変遷していることは川喜多喬「人材育成論入門」(2004、法政大学出版局)に詳しく説明されています)。
 現在でも用いる場面や文脈により若干の相違はあるようですが、木村周氏は「キャリア・カウンセリング」(2003、雇用問題研究会)の中で、①人生を構成する一連の出来事②自己発達の全体の中で、労働への個人の関与として表現される職業と、人生の他の役割の連鎖③青年期から引退期に至る報酬、無報酬の一連の地位④それには学生や雇用者、年金生活者などの役割や、副業、家業、市民の役割も含まれる-というD.E.スーパーの定義が最も基本的な要素を含んでいるとしています。
 さまざまな定義がありますが、ほぼ共通していえるのはキャリアの指し示すものが決して過去だけのことではなく、現在そして未来へと連続していること、さらに「職業」の領域だけに留まっていないことでしょう。

キャリアとは仕事人生~仕事、働くという観点から見た人生展開

 これを踏まえて、最も簡潔でありかつ実務上の手がかかりとして使いやすい「キャリア」の定義を上げるなら、横山哲夫氏がその著書「個立の時代の人材育成」(1988、生産性出版。現在は日本キャリア・カウンセリング研究会で再販中)や「キャリア開発/キャリア・カウンセリング」(2004、生産性出版)で示している「仕事人生」でしょう。

 人生ですから過去から現在、現在から未来へという時間軸が盛り込まれています。
 ただ、仕事人生というと仕事に追い立てられるようなイメージを持つかもしれません。
 ここでいう仕事人生とはそういう意味ではなく、「仕事」という視座、観点から見た人生展開、移り変わりを指しています。
 当然、人生は仕事ばかりではありません。家族や趣味といった観点からの人生展開を考えることもできます。

 いわゆる会社人間のように「仕事だけが人生よ」とばかりに仕事人生が全人生のほとんどを占めている人もいるでしょう。そういう人にしてみれば、人生そのものが仕事人生となっているかもしれません。
 しかし、多くの人は仕事以外の部分、例えば「家族と過ごす時間」や「趣味の風景写真を楽しむ時間」といった仕事とは別の時間の流れがあり、それらは仕事人生とは別の要素として存在します。
 そしてそうしたものも仕事を中心にした仕事人生(Working Life)をも含めたトータルな人生展開として「全人生」(Total Life)があると考えるとよいのではないでしょうか。

全人生における仕事人生の位置づけ、バランス

 全人生(Total Life)における仕事人生(Working Life)のウエート、構成比率、バランスはその人の価値観(人生観や労働観)が反映されます。仕事人生100%の全人生という生き方・働き方を望む人もいるでしょうし、仕事人生部分は必要最小限にしたいという人もいるでしょう。
 企業戦士と呼ばれていた時代、呼ばれていた人にとっては仕事人生は限りなく100%であることを目指していたのにたいし、後者の人、つまり仕事人生部分はできるだけ少ない方がよいと考えている人にとってはキャリアを考えることそのものがあまり意味がないかもしれません。

 このバランスは人によって様々ですし、どうであればよいよいというわけではありません。
 むしろ、自分はどうだと居心地がよいと考えているのか分かっているかどうかがポイントでしょう。

 また、このバランスはライフステージによっても変わります。仕事一辺倒で働いていても、生まれてきた我が子の愛らしさに触れて一緒に過ごす時間をとろうといったん仕事人生のウエートを下げることもあるでしょう。
 あるいは逆に、ここ1年が自分にとっては勝負の時期かもしれないと思えば、寝食も忘れて仕事に打ち込むということもあるでしょう。
 転勤の辞令が出たが仕事をとるかパートナーとともに留まるか、親の介護が必要になったが介護休業を取得するかどうか-仕事人生と全人生は相互に大きく影響し合い、時に大きな判断を迫ることもあります。
 別項でも述べますが、ワークライフバランスを考えるとはまさに全人生における仕事人生の中身とウエートを自分自身が決めるということにほかなりません。つまり、ワークライフバランスとは「育児支援」や「残業対策」ではないのです。そうしたことに意味はないとはいいませんが、それよりはむしろ、個人がどのように生き、働いていきたいかを考える、そしてそれを組織が支援する、それによって個人と組織の創造性、生産性を高めていくという活動なのです。「ワークライフバランス」問題とは「キャリア」の問題なのです。

会社の仕事だけが仕事なのではない

狭義の仕事、広義の仕事

 ところで、キャリアを仕事人生(Working Life)ととらえるとき、その仕事の意味も確認しておく必要があります。

 仕事というと会社の仕事をイメージしがちですが、ここ(Working Life)でいう仕事はもっと広い意味を指しています。
 敢えて区分するなら、会社での仕事は「狭義の仕事」であり、表現するとすれば「Job(ジョブ)」であり、報酬を伴う仕事(Paid Work)です。
 これはこれで大切な仕事なのです。しかし、「集団/組織のなかで引き受ける一定の役割責任」のように仕事を定義することもできます。
 たとえばPTAや、町内会などで役員をするということがあります。これらも仕事いってよいでしょう。子供たちの野外活動やスポーツ・チームの指導、あるいは社会人勉強会の事務局‥‥こうしたものは、その名前の通り自発的なボランティアなのですが、では適当にやっていいかというとそうではなく、やはり「頼まれたんだから、行くといったんだからちゃんと行かなきゃ」と思いますし、子供たちがけがをしたり熱中症になったりしないように気配りもします。
 責任があるからというだけでなく、そこに自分なりに意志を持って関わっている、コミットメントを持っているという意味で仕事といって良いでしょう。
 会社の仕事という狭義の仕事に、これらの活動(Activity、Movement)を含めれば、広義の仕事もあるといえます。会社の仕事を「Job」(ジョブ)と呼ぶとすれば、広義の仕事は「Work」(ワーク)と呼べるでしょう。

キャリアを考える上で、もう一つのバランス

 われわれは主に狭義の仕事から報酬を得ています。生きて行くには糧が必要ですから、その意味で狭義の仕事Jobは重要です。
 しかし、生きがい、働きがいという観点に立つと、これとはまた違った結果となるでしょう。生活の糧を得るという意味でJobは重要視しなければならないが、自分が本当に意味を感じている仕事はWorkの中にある-という人もいるという当たり前の事実がよく見えてきます。
 先に全人生の中における仕事人生のウエートは一人一人違うし、一人一人が考えるものと説明しましたが、仕事人生における仕事の内容、広い意味での仕事に占めるJobのウエートをどうしたいかも人によって異なりますし、人生の時期によっても異なって来ることになります。
 その意味ではキャリアを考えるとは全人生における仕事人生の中身とウエート、そして仕事における狭義の仕事の中身とウエートを考えるということになります。

 個人のキャリア形成を支援しようとすれば、どのような職務経験を得て、どんな知識、スキルを獲得するかに留まらず、長い目、広い視野で捉える必要があります。当然、会社の中だけのことでは収まりませんし、何か一定のパターンをつくればそれで万事解決とはいきません。
 なぜなら2つのバランスは一人ひとり異なっているからです。

終わりのある狭義の仕事、終わりを決める広義の仕事

 もう一つ留意しておきたいのは、少なくとも会社の仕事には「定年」という名の終わりが訪れるということです。定年延長や再雇用制度などの充実が進んでいますが、いずれにしても自分だけで決めることはできないものです。
 一方、広義の仕事のなかに含まれるものは、もともと自分で決めてはじめたものが多いですから、終わりの時期も自分で決めることになります。さらにいえば、何歳になってもはじめられるものでもあります。